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2025.09.03お知らせ
寺院の経営は、外から見ると非常に安定しているように思われるかもしれません。しかし実際には、企業や個人商店と同じように収支のバランスを取り続けなければ、あっという間に赤字に陥ります。
檀家の高齢化、地域住民の宗教離れ、法事や葬儀の簡略化といった流れもあり、昔のように「黙っていても人が来てくれる」状況は完全に過去のものになりました。寺院といえども経営的な工夫と実行力がなければ存続は難しいのです。
実は天明寺も、過去に経営難に陥る危機に直面しました。今回は、どのようにして倒産寸前から再生へと舵を切ったのかを紹介します。
目次
- 破綻寸前のときに取り組んだ「お金の見える化」
- お布施の透明化と、信頼の積み重ねによる関係の確立
- 寺院のSNS運用は心温まる仕掛けを
- 檀家さん=既存顧客と向き合うことで収益を安定させる
- V字回復の鍵は「信頼関係を築く4つの要素」
破綻寸前のときに取り組んだ「お金の見える化」

私が天明寺を継いだ当時、すでに財政状況は破綻寸前でした。変動するしいれ収入額に応じた支出の調整を怠り、日々の生活を従来通りに回していた結果、通帳には7,000円しか残っていなかったのです。食べるものもままならない状況で、近隣の寺院へ「何か手伝えることはないか」と頭を下げて日銭を稼ぐ毎日。背に腹はかえられない状況の中で気づいたのは、金の管理を疎かにしてきたという単純かつ重大な事実でした。
そこで私は、まず徹底的に「お金の見える化」に取り組むことにしました。出納帳に毎日の収入と支出を欠かさず記録する。地味で単調な作業ですが、状況は劇的に変わり始めました。
例えば「今月は余裕があるから修繕に回そう」と判断できたり、逆に「この出費は我慢しよう」と即座にブレーキをかけたりできるようになったのです。数字を前にすると、感覚や気分による判断ではなく客観的な基準による安心した意思決定ができるようになります。
現在の天明寺は年間7.7万件もの金銭やり取りが発生しており、それらも全て出納長で管理しています。とりわけ重要なのがお布施の扱いです。お布施を“水物”として気軽に使い込んでしまえば、寺院経営の基盤は崩れます。「今日くらい美味しい物を食べに行こう」「欲しかったアレを買いに行こう」と、使っちゃっても大した問題にならないと考えている人が多いと思いますが、後になって痛い目を見る可能性もあります。
お布施を事業収益として計上し、月ごとの給与という形で配分する。シンプルですが徹底することで、財務は確実に安定させることができるようになります。例えば、宣伝広告するにしても、どの媒体にどれだけの予算を充てられるかが明確になるので、日々の帳簿管理は大事なのです。
お布施の透明化と、信頼の積み重ねによる関係の確立

次の課題は「信頼関係の確立」です。寺院は常に地域社会から見られていることを忘れてはいけません。近隣住民は、お布施の使い道を敏感に感じ取るものです。お布施が高級車や贅沢な生活に消えているようであれば、信頼は一気に失われます。逆に、仏具の新調や境内の整備といった皆のための投資に使えば、自社の成長性が可視化され、いつしか「応援したい」という気持ちが芽生えるものです。
私は思い切って、ホームページにお布施の金額基準を明示しました。
通常であれば「お気持ちで…」と濁す部分ですが、あえて明確に示すことで、初めて訪れる方にとっての心理的ハードルが下がるのではないかと考えたのです。「その程度で済むのか」「少し負担が大きいな」──反応は人それぞれですが、隠さずに示したことが、結果的に相手との信頼関係を生むきっかけになったと感じています。
さらに、ホームページには「よくある質問」をまとめて掲載しました。「法事には何を持っていけばいいですか?」「法要の所要時間は?」など寄せられた疑問への回答を一覧化したものです。これにより来訪者の不安が解消されたと同時に、スタッフの業務効率を飛躍的に改善しました。以前は同じ質問に電話などで繰り返し対応する必要がありましたが、それが不要となり、余剰時間を顧客対応や新たな企画に充てられるようになったのです。
透明性のある運営は、檀家さんに「応援しがいがある」と思わせる効果を生み、ファンの増加に直結したと思います。
寺院のSNS運用は心温まる仕掛けを

信頼が土台にあるからこそ「発信」が生きてきます。現代においてSNSは必須ですが、まず前提として公式ホームページをしっかり整備することが大切です。ホームページは信頼の担保であり、SNSは拡張ツールに過ぎません。
また、個人の発信なのか寺院の発信なのか、その責任の所在を明らかにすることも忘れてはいけません。例えば、寺院アカウントで高級料理を食べに行く様子を投稿したとすると、「お布施によって贅沢な生活しやがって」と批判を受けるリスクがあります。
寺院を魅力的に見せるコンテンツ作りが重要です。「綺麗に整備された境内」「季節感ある行事」「四季折々の風景」など、その寺院の強みとなるポイントをあえてアピールする方が良いのです。ここで注目なのは、自分たちにとっての当たり前が新鮮に映ることがあるという点です。例えば、天明寺のInstagramで「地蔵の帽子と前掛けを交換する様子」を載せたところ、予想以上の反響をいただきました。我々にとっては日常の一コマでも、見る人にとっては心温まる物語になるのです。
広告宣伝対策はSNSだけではありません。過去に永代供養(1件33万円)を宣伝するため、33万円を投じてチラシ広告を配布しました。単なる告知ではなく、開催予定の行事情報を盛り込み、来訪のキッカケを作る導線を意識した結果、3件の成約を得ることができました。広告は費用対効果だけでなく、次の接点を生む仕掛けと捉えることが大切だと実感しています。
檀家さん=既存顧客と向き合うことで収益を安定させる

寺院運営で最も大切なのは「檀家さんとの関係性」です。多くの経営者が新規顧客に目を向けますが、実際には近隣の既存顧客との関係性こそが最も大切です。
檀信徒の満足度が高まれば自然とお寺や住職との距離が縮まります。
私は、まず全ての檀家さん宅を訪問し、寺院への要望をヒアリングしました。「過去帳」と呼ばれる故人の戒名や命日をまとめたリストを基にして檀家さんとの会話内容をメモに残し、家族関係や悩みを把握して「現在帳」を作成します。
例えば、町内会のAさんBさんは不仲と分かっていれば、無用なトラブルを避け、配慮した声掛けができます。一人暮らしが長い方であれば、亡くなる時の問題に寄り添う準備ができます。
あくまで私が地元民ではないからこそ、いち早く周辺の関係性を理解するための行動だったとも言えます。ですが、地道に会話メモを取り続けたことが次回以降のコミュニケーションにも大きく役に立ったので、誰でも実践可能なオススメの関係構築法だと思います。
寺院が期待されている役割は供養や法要だけではありません。葬儀や法事、納骨に関する相談や、人生そのものの悩みに耳を傾けることも求められます。そこで学んだのは、一人ひとりに選択肢を与えてあげることが、結果的に強固な信頼関係の構築に繋がるということです。
ある檀家さんが「父との関係が悪く、嫌いだから遺骨を捨ててほしい」と相談に来られました。私は「いつでも合祀できますから、とりあえず1年間お預かりしてみましょう。費用は年間1万円です」とお伝えしました。
それから10年が過ぎ、その方もお父様が亡くなられた時と同じ年齢になり、自分の遺骨をどこに納めたらいいのか…と考えるようになっていました。そんな時、娘さんからこんな言葉があったそうです。
「もしおじいちゃんの遺骨が捨てられていたら、お父さんも同じように撒いてしまうの?私はどこにお参りすればいいの?」
「お参りできる場所がないのは嫌。やっぱりお墓を建てたい」──そう言われて、お墓を建てる決心をされたのです。そのお話を伺って、私はハッとしました。人の気持ちは、時間とともに確かに変わっていくもの。だからこそ、その変化を受け止め、そっと寄り添い続けることが、信頼を積み重ねていくことにつながるのだと思っています。
V字回復の鍵は「信頼関係を築く4つの要素」
倒産寸前からV字回復を果たせたのは、「収支の可視化」「運営の透明性を確保」「情報発信による認知拡大」「檀家さんとの信頼関係の強化」という4つの要素を地道に積み重ねてきたからだと認識しています。
収支を整えるのも、情報を公開するのも、SNSでの発信も、檀家さんとの会話も、その全ては信頼を形にするための手段でした。信頼を可視化できたとき、経営が安定し次の一歩を踏み出す力になるのです。信頼は抽象的な言葉に見えますが、実際には日々の行動の積み重ねによって「人の反応」として表れてきます。
これは寺院運営に限った話ではなく、中小企業や個人商店にも共通する考え方ではないでしょうか。どのように信頼を育て、形にしていけるか。これこそが再生と成長を決める最大のポイントだと実感しています。
寺院は、境内が大きくなるほど人が集まるようになると言われています。成田山新勝寺も小さな御堂を中心に境内の規模を大きくしていくにつれ成長していったそうです。天明寺も先日の行事では2日間合計4回の法要に600名もの参拝者に集まってもらいました。
最初は参加者4人でやっていた法要がここまで大きくなったのは本当に感慨深いことです。より檀家さんに満足のいく参拝をしてもらうためにも、今後はホールを新設するなどして地域の和を広げることに貢献していきたいと考えています。