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2026.03.18
亡くなったお父さんがまだ家にいる気がする
葬儀作法で、「ちゃんと引導渡せてますよ」って胸張って言える坊さんって、実際どれくらいいるんでしょうね。
私も若いころ、引導作法を教わったときに思いました。
「え、これで終わり?」って。
こんなに大事な作法なのに、こんなにあっさりなのか、と。
でもこれは、他にも作法が山ほどある中の一つだからなんですね。
とはいえ、「引導は大事だ」という認識自体は、教える側にも受ける側にもちゃんとありました。
真言宗は特にそうで、修行をしっかりやっていれば作法は大丈夫、という前提です。
ただ――
いざ自分が導師になってやる側に回ると、そんな簡単に割り切れないんですよ。
「これで本当に導けてるのか?」
「形だけになってないか?」
この不安、消えませんでした。
そんなときに、ある相談が来ました。
あるお寺で葬儀は済んでるのに、「亡くなったお父さんがまだ家にいる感じがする」とご家族が言っている、というものです。
これ、気のせいで済ませることもできます。
でも私は、「いや、これは引導だな」と思いました。
そこで、改めてちゃんと引導作法をやりました。
そしたら、その後「もう感じなくなりました」と言われたんです。
このとき、はっきり分かりました。
真言宗の引導作法は、効きます。
今まで天明寺の檀家さんや信者さんに、「成仏できてないじゃないか」なんてクレームを言われたことは一度もありません(笑)
もちろん、それだけで全部証明できるわけじゃないです。
でも、やっている側としての実感はあります。
そして最近、改めて強く思っていることがあります。
引導作法だけじゃ足りないケース、あります。
そんなときに必要になるのが、施餓鬼作法です。
餓鬼を救うこと、ここがめちゃくちゃ大事なんです。
ここ、かなり重要です。
私は霊感があるわけじゃありません。
見えるとか聞こえるとか、全然ないです。
ただね、長くやってると分かるんですよ。
「なんかここ嫌だな」とか
「ここいい空気だな」とか
そういう“坊さんの第六感”みたいなものです。
あと最近、いわゆる“見える人”とご縁があって、アドバイスをもらってます。
これ、正直かなり助かってます。
その方はいろんなお寺を回っている方で、遠方からわざわざ来られるんです。
実際に、憑かれて具合が悪い方を連れて来られたこともありました。
これって、もう一つの結果だと思うんですよね。
ただし――
これは私に特別な力があるわけじゃないです。
私は、ご本尊さまに使われているだけだと思っています。
そして、あらためて感じます。
作法というのは、ただの形ではありません。
長い時間をかけて伝えられてきた意味があります。
だからこそ――
きちんと修すれば、きちんと働く。
引導も、施餓鬼も、やはり必要なものです。
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