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2026.04.11
住職の責任の所在
私が天明寺の住職として、文字どおり一から始めたときに、痛感させられたことがあります。
それは、あらゆることにおいて代表役員である住職としての責任が求められるということです。
もちろん、責任役員として手を貸してくださる方もおられます。
しかし、住職とそれ以外の立場とでは、責任の重みがまったく異なります。
ここでいう住職とは、お寺における最高責任者です。
やがて住職になる立場のお弟子さんであっても、副住職であっても、お寺に住んでいる奥さんであっても、あるいは家族であっても、それとは違います。
最終的に責任を負うのは、住職なのです。
資金の管理をはじめ、運営資金の支払い、預金、支出。
こうしたお金に関わることは、すべて住職の責任です。
さらに、お寺を将来に向かってどのように進めていくのか。
その方向性を定めることも、住職の責任です。
お寺の運営は、日々まさに決断の連続です。
小さな決断から大きな決断まで、住職の判断ひとつで、そのお寺の行く末が大きく左右されることは少なくありません。
そして、悩んだときに相談する相手を間違えてしまうと、正しい判断ができないばかりか、
「まあいいだろう」と進めたことが、結果として失敗に終わってしまうことも多々あります。
現在では、お寺の運営をサポートしてくださる方やコンサルタントの方、さらには墓地の代行運営など、さまざまな立場の方が手を貸してくださり、助言をくださる時代になっています。
私は、それ自体は良いことだと考えています。
お寺の中にいると、どうしても見えないことがあります。
わからないこともあります。
だからこそ、外部の知見を借りることは必要なのでしょう。
しかし、ここでよくよく考えなければならないことがあります。
それは、どれだけ助言をいただいても、どれだけ手厚いサポートを受けても、その方々が責任を負ってくれるわけではないということです。
あくまでも、最終的に決めるのは住職です。
そして、その結果に責任を持つのも住職です。
お寺という場所は、外からは見えにくく、閉鎖的な面を持っています。
だからこそ、外の景色を知ることは大切です。
ですが、その一方で、外の景色に振り回されてしまえば、お寺そのものが壊れてしまうこともあります。
住職に求められるのは、自助努力と、外部組織や外部人材を正しく活用する力です。
外の力を借りることは必要です。
しかし、それを使いこなし、最後に責任を持って決断するのは、自分自身でなければなりません。
そのためには、何よりもまず、住職自身が自分の言動にもっと責任を持つことです。
お寺の運営は、いまだに家族経営が中心である場合がほとんどです。
もちろん、それがすべて悪いわけではありません。
ですが、これから先の時代を考えるならば、運営を組織化し、家族経営から少しずつ脱却していくことが望ましいと、私は思っています。
住職とは、名前だけの立場ではありません。
責任を引き受け、判断し、支え、前に進めていく立場です。
その覚悟なくして、お寺を守り続けることはできないのです。
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