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2026.10.13お知らせ
お寺にも早く課税しろ!「1泊20万円の宿坊」報道へのコメントに天明寺が言いたいこと
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2026年10月13日 12:49
2026年9月10日、産経新聞でこんな記事が出ました。
1泊20万円の宿坊… インバウンドで高級化する高野山 SNSでは「拝金主義」嘆く声も世界遺産に登録されている真言密教の聖地・高野山(和歌山県高野町)で、宿坊を営む複数の宗教法人が令和7年度に大阪国税局の税務www.sankei.com
宿坊とは、参拝者などが泊まるお寺の宿泊施設のことです。
記事では、訪日客の増加を背景に、高野山で露天風呂や庭園を備えた高級宿坊が現れ、SNSでは高額な料金への批判も出ていると紹介しています。
さらに、宿坊を営む複数の宗教法人が、総額1億円超の申告漏れを指摘されたことも報じられました。これでは、坊主丸儲けと受け取られても仕方がないでしょう。
ただ私は、高価格帯の宿坊そのものには可能性を感じています。問題は、お寺が何を提供し、得たお金を何に使うのか。そして、そのお金を適切に管理できているのか、ということです。
目次
- 宿坊にも税金はかかる。だからこそ、申告漏れは重い
- 20万円を払って、何から自由になるのか
- お経を読めても、帳簿がつけられるとは限らない
- 人を泊めなくても、お寺にできることはある
- 「白菜加持」に700人以上集客に成功。出店料を取らなかった理由

宿坊にも税金はかかる。だからこそ、申告漏れは重い
まず、「宗教法人は何をしても税金がかからない」といった理解は誤りです宗教活動として受け取るお布施などには、原則として法人税はかかりません。
一方、宿泊料を受け取って宿坊を営む場合は、一定の例外を除いて「旅館業」という収益事業に当たり、その所得は法人税の課税対象です。住職がお寺から受け取る給与も、所得税の対象になります。
宿泊の対価をお布施と呼べば非課税になるわけでもありません。名目ではなく、実態で判断されるからです。
今回の報道では、住職側の私的な支出を法人の経費に計上していたケースも指摘されています。
世界遺産高野山の宿坊、申告漏れ 1億円超、複数の宗教法人 – ライブドアニュース高野山を訪れた外国人観光客=和歌山県高野町世界遺産に登録されている真言密教の聖地・高野山(和歌山県)で宿坊を運営する複数のnews.livedoor.com
これは「お寺だから無税だった」といった話ではなく、課税される所得や個人への給与を適切に扱っていたかの問題です。もちろん、宗教法人への税制上の優遇をどう考えるかは、別に議論できます。
しかし、今ある納税義務と制度そのものへの賛否は分けなければなりません。お寺側も、誤解を指摘するだけで説明を終えてはいけないのです。

20万円を払って、何から自由になるのか
では、高額な宿泊料を受け取ることは仏教に反するのでしょうか。私は、値段の高さだけで判断すべきではないと思います。
建物の維持や食事、清掃、人件費など、宿坊にも経費がかかり、宿泊料のすべてが住職の懐に入るわけではありません。ただし、経費がかかると説明だけで、20万円の価値を証明できるわけでもありません。
豪華な設備や食事に加えて、お寺だからこそ提供できるものは何か。私が大切にしたいのは、普段の肩書きや評価から離れ、自分の心と向き合う時間です。
会社では部下に指示を出す経営者も、仏さまの前では一人の人間です。役職や財産によって、祈る人として特別扱いされるわけではありません。
読経に耳を傾け、呼吸を整え、僧侶と話す。そのとき、仕事の成果や他人からの評価ばかり気にしていた自分に目を向けることができます。
ただの一人の人間に戻る。私は、ここにお寺で過ごす精神的な価値があると思っています。
私が仏教の教えから大切にしているのは、お金に執着して、人を支えるという目的を見失わないことです。値段を高くしただけで、こうした価値まで生まれるわけではありません。
言うまでもなく、払った金額に応じて悩みが消えるわけではありません。重要なポイントは、心を見つめ直すための時間と環境を用意できているかです。そこに納得して対価を払う人がいるなら、高価格帯の宿坊も仏教と両立できると考えています。

お経を読めても、帳簿がつけられるとは限らない
しかし、その価値を提供し続けるには、経営の力が必要です。私が経営相談に乗ってきた住職の多くは、収支の把握やお寺と個人のお金の区別が十分ではありませんでした。
他の寺院や宗派の方々との交流でも感じるのは、教義や儀式の作法を学ぶ機会に比べ、会計や税務、職員の雇用、修繕費の準備を学ぶ機会が乏しいという事実です。つまり、宗教者として身につける力と、お寺を運営する力の間に、隔たりがあるのです。
お寺を続けるには、お経を読む力だけでは足りない。この現実から、私たちは目をそらせません。私自身も2004年、31歳のころ、群馬県前橋市の天明寺の仕事から得ていた年収は約10万円でした。
「最初の年収は10万円」廃寺寸前だった「お寺さん」の檀家が26件→3000件に激増…《型破りな住職》が取った「驚きの方法」檀家不足や中国人富裕層によるビジネス買収で窮地に陥っている日本のお寺文化。そんななか、わずか26件だった檀家信徒を3000gendai.media
葬儀や供養を託し、継続的にお寺を支える檀家は26軒しかなく、他のお寺の手伝いに出向きながら経営を学ばざるを得ませんでした。
そこで稲盛和夫さんの本を読んだり、毎日の収支を帳簿につけたりしてそうして収支を把握することで、修繕にいくら回せるのか、どの支出を控えるべきかを判断できるようになりました。今も税理士に会計を確認してもらっています。
収入から経費を引いた残りを、すべて住職の生活費にしてしまえば、将来の寺院の修繕には備えられません。人の悩みには親身に寄り添いながら、お金の用途はきちんと分ける。そのためには、専門家の力を借りながら、住職自身も収支とお金の使い道を把握する必要があります。
神仏の神秘性を守ることと、お金の流れを秘密にすることは別です。信仰を守りたいからこそ、経営には説明責任が求められます。

人を泊めなくても、お寺にできることはある
そもそも、どのお寺も宿坊を始めればよいわけではありません。天明寺でも検討したことがありますが、特に難しいと感じたのはスタッフの確保でした。深夜や早朝も含め、誰が宿泊者に対応するのか。空いている部屋があっても、人の体制が整わなければ続けられません。
一方、宿泊を伴わなくても、お寺の空間を生かす方法はあります。天明寺では、瞑想や法話、僧侶との対話の機会を定期的に設けています。
天明寺の瞑想や写経教室では、呼吸を整えて瞑想し、読経を体験したあと、お茶を飲みながら話します。忙しい日常の途中で立ち止まり、自分の気持ちに目を向ける時間をつくるのです。
遠くの有名なお寺まで行かなければ、心と向き合えないわけではありません。自分の先祖に手を合わせたり、近所のお寺を訪ねたりといった日常的な参拝や無料・少額で参加できる法話の機会も、大事にしていきたいと思っています。
高額な宿泊者への対応に追われ、地域の人が参拝したり、法話を聞いたりする機会が失われてしまえば、お寺の役割は狭くなります。誰のために人手や時間を使うのかまで含めて、経営を考える必要があります。高価格帯の宿坊を認めることと祈りを身近に保つことは、両立させるべきではないでしょうか。

「白菜加持」に700人以上集客に成功。出店料を取らなかった理由
宿坊を営むにしても別の活動を選ぶにしても、最後に問われるのは稼ぐ目的です。私は建物を守り、人を雇い、人々に開かれた活動を続けるためだと考えています。
天明寺では毎年12月、地元の白菜を供えて祈願し、火渡りも体験できる「白菜加持法要(はくさいかじほうよう)」を開いています。初年度は5人だった参加者が2025年には700人になりました。
白菜加持 | 宗教法人 真言宗 豊山派 太子山 天明寺白菜加持とは? 昔から野菜を食べることにより健康で長寿を保てると言われております。 天地の恵みを浴び、お百姓さんが心をこめtenmyoji.jp
地元農家による野菜の直売も行い、子供たちが楽しめるバルーンアートやマジックショーも用意しました。出店しやすい場をつくり、家族でお寺に足を運んでもらう。お寺に人が集まることを、地域の商いや交流にもつなげたいからです。

このように、イベントを通じて天明寺を知った方から後日、供養や終活の相談をいただくこともあります。地域に開くことが、お寺の次のご縁にもつながっていくのです。
こうした活動も、準備する人や費用がなければ続きません。だからこそ、正当に収益を上げ、会計を明確にし、必要な税金を納め、その力を人と地域のために使う必要があるのです。
お金を稼ぐことと人生に悩む人を救うことは反対ではありません。宿泊料が20万円かどうかの議論の先に、そのお寺が誰の人生を支えようとしているのかを問い続けたいと思います。
葬儀や法事のときだけでなく、生きている間も頼れる場所を残すこと。それが、私の考える住職の経営です。