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2026.07.18お知らせ
仏教はAIでどこまで変わるのか?
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2026年7月18日 21:25
現在、あらゆる分野でAIが急速に普及しています。
このことは仏教界、ひいては宗教全般においても例外ではありません。
「AIに仕事を奪われる」とよく言われますが、「AIが仏教に取って代わる」ということが今まさに進行しています。実際にAI住職まで生み出されるなど、仏教×AIは今大きな可能性を見せています。
ある面においてはAIと仏教は非常に相性が良く 、今後私たち住職の仕事の大半をAIができるようになるということも十分に考えられます。

しかし、これは決して悪いことだけではありません。AIによって変化が生じるからこそ、人には何ができるのかという根本を改めて見つめなおす良い機会でもあります。
仏教の話のみに留まらず、AIの台頭目覚ましい現代をより良く生きるためのヒントになりましたら幸いです。
目次
- AI住職はここまで来た!“ブッダロイド”の衝撃
- 仏教だけではない。AIが宗教に入り始めた
- AI時代だからこそ問われる、リアル住職の価値
- 実は天明寺でもAIを使っています
- AIがあっても変われない寺院、その理由
AI住職はここまで来た!“ブッダロイド”の衝撃

早速ですが皆さんはブッダロイドをご存知でしょうか。
ブッダロイドとは生成AIを搭載したヒューマノイドロボットで、名前からも推測できるようにブッダの要素を大きく持ちます。
何かしらの問いや相談をブッダロイドに投げかけると、仏教的見地を土台とした回答を得ることができます。
しかもブッダロイドの開発には京都大学の研究グループが関わっています。学術的な分野においても仏教×AIが取り組むに値する分野であるということがわかります。
ブッダロイドは音声による対話も可能で面と向かってコミュニケーションを取ることができます。生身は人それぞれですので時には生身の人間には相談しにくいということもあります。
そのような悩みに対してブッダロイドはロボットであるがゆえに相談しやすいのではないかという期待が持たれています。
この他にも将来的には宗教儀礼の一部を補助・代替するなどの僧侶の人手不足も解決する一助となることも考えられています。実務的な面においてもブッダロイドが活躍できる可能性があるということです。
人にはない強みを持ち、人手不足も補ってくれる。今後の発展によってはブッダロイドのような取り組みは理想的なAIの活用となるかもしれません。
仏教だけではない。AIが宗教に入り始めた

そして、宗教においてAIの進出が目覚ましいのは仏教だけではありません。
例えばキリスト教においても京都大学の研究グループがAIの開発を進めています。こちらもブッダロイドと同じく質問に対してキリスト教の視点からの回答を得ることができます。
そもそも、AIは根本においてインプットがあります。
仏教・キリスト教の場合はそれぞれの宗教の聖典やもしくはわかりやすく内容をまとめた入門書をAIに学習させます。私が宗教とAIが相性が良いと考えるのはこの点にあります。
仏教やキリスト教には教えをまとめた聖典があります。当然ですが聖典は言葉によって記されています。
AIは人よりも早く聖典を学ぶことができ、寄せられた質問に対して膨大な聖典の内容の中から最も回答として適した箇所を抽出することが可能です。
インプット能力、そしてインプットした内容を適切に処理する能力においてAIに勝ることのできる人間はほぼいないでしょう。
そのため、ブッダロイドのような取り組みに対してある面においては私たち住職が早々に太刀打ちできなくなる可能性は高いかもしれません。
しかし、私はこのことを持って人間の住職が不用になるとは全く思いません。むしろより人間にしかできない住職としての在り方が鮮明になると思っています。
AI時代だからこそ問われる、リアル住職の価値

私たち人間の住職にしかできないこと、言葉にするならばそれは「寄り添う力」と言えるでしょう。
面と向かってコミュニケーションを取る場合には表情や喋り方などの機微が誰であっても生じます。この機微にもさまざまな情報や感情が含まれています。
発している言葉が全てではなく、むしろこの機微にこそ相手が本当に求めていることが隠れていることが少なくありません。
私の知る限りではAIはこのような機微を読み取ることは人間よりも不得手です。また機微に留まらず、一人ひとりとの関係性を積み上げていくこともまだまだ人間に軍配が上がる分野でしょう。
つまり、AIが仏教に求められていることの全般をカバーできるようになったとしてもそのことによって住職が不用になるかというとそうではないということです。
むしろ、一人ひとりに寄り添うという住職にとって最も重要なことの価値はより高まるとも言えます。
逆に言うとAIのような住職、寄り添うことを疎かにしている住職はAIの普及が進んでいった先ではその存在価値が揺らぐかもしれません。
より本質的に住職としての職務を全うしているのか、この点が重要になるのではないでしょうか。
実は天明寺でもAIを使っています

このような将来的な予測とは別に、実は天明寺でもAIはかなり活用しています。実務面においてAIには大変助けられています。
具体的にはYouTubeのコミュニティで文章を投稿するときなどはAIに文章の下書きを作ってもらっています。
AIの文章はどうしてもAIっぽい内容になってしまうので作った後には推敲が必要ですが、ゼロから自分で作るよりもかなり効率がよくなりました。
YouTube以外でもメールやチラシの作成においてもAIを活用する機会は多いです。
私自身は住職の仕事にAIを活用していくことには肯定的です。しかし、私の知る限りでは住職でAIを活用している人は多くはありません。
これは肯定・否定という是非の判断ではなく、スキル面に大きな原因があります。AIを使いこなすことができるスキルやリテラシーを持ちあわせていないのです。
この点は寺院でAIを普及させていく上でひとつの困難となってしまうかもしれません。
AIがあっても変われない寺院、その理由

寺院においてAIを普及させたいという意向は少なからずあります。例えばある中小企業向けのコンサル会社が寺院向けのAI講座を開催しているほどです。
実際に天明寺での活用からもわかるとおり、AIを導入すれば寺院運営の効率は間違いなくよくなります。しかし、スムーズにAIを導入できるかというとそう簡単にはいかないでしょう。
現状においては「AIを活用するために補助する人」がいないと多くの寺院ではAIを適切に使えないというのが実情と言えます。
AIで人手不足を解決するどころか、AIを導入するためにさらに人手が必要となってしまうという本末転倒な事態になってしまいます。
このような現場レベルの問題がありますので、例えば住職専用のAIを作ったとしても結局は使われずに宝の持ち腐れとなってしまう可能性は非常に高いと思います。
このことと同様にどんなに立派なブッダロイドが開発されたとしても、お寺の隅で埃をかぶって放置されるということすらも考えられます。
このような現場レベルでの実情はあるにせよ、長い目で見ればAIによって寺院運営が変わっていくことは十分にあり得ます。そして、私自身はAIにもたらせられる変化が良いものであるようにと願っています。
住職にとって最も大事な仕事は一人ひとりに寄り添うことです。
AIによってこのことがより鮮明化され、結果としてそれが多くの人の助けとなるようでしたらAIによって生じた変化は喜ばしいものであると言えるのではないでしょうか。