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2026.08.10
実は「ご利益満点」な施餓鬼(せがき)法要
天明寺では、毎年8月10日、11日に午前と午後に二回ずつ合計回の施餓鬼法要を行っています。
私は天明寺に入った当初から、施餓鬼法要を行い続けています。
施餓鬼法要は、なぜ行うのでしょうか。
ご先祖様や故人を供養するためです。
これは、多くの方が認識していることでしょう。
「施餓鬼」とは、「餓鬼に施す」と書きます。
餓鬼とは、食べても食べてもお腹が満たされない存在です。いつも飢えに苦しんでいます。
実は、餓鬼の喉は針の穴ほど細く、食べ物を飲み込むことができません。そればかりか、ようやく飲み込んだ水や食べ物さえ、炎に変わってしまうこともあります。
お腹はぷくんと膨れ、目はうつろ。
目の前に食べ物があり、「食べたい」という気持ちはあっても、食べることができないのです。
施餓鬼法要では、お経や真言、陀羅尼の力によって餓鬼の喉を広げ、食べ物を何倍にも増やして、餓鬼たちに差し上げます。
施された餓鬼は、ようやくお腹が満たされ、幸せな状態になります。
これが、餓鬼にとっての救いであり、成仏へと向かう状態です。
食べ物を施され、心も体も満たされた餓鬼は、お腹と心を満たしてくださった方に対して、
「自分にできることはないだろうか」
と考えるようになります。
そして、自分が持っている特殊な力を使って、今度は恩返しをしようとするのです。
ある餓鬼は手をつなぎ、自分の力を分け与えようとします。
また、足が痛い人や腰が痛い人の体をさすり、お加持をしてくれることもあります。
つまり、施餓鬼法要は、餓鬼を救い、ご先祖様や亡き人を供養するだけのものではありません。
法要に参加した一人ひとりにも、餓鬼たちから十分なご利益が運ばれてきます。
そう考えると、施餓鬼法要は、ご先祖様や故人の供養であると同時に、実は「ご利益満点」の法要でもあるのです。
餓鬼の心は、私たち人間の心の中にもあります。
もっと欲しい。まだ足りない。自分だけが満たされたい。
そんな気持ちは、誰の心にもあるでしょう。
しかし、自分のお腹と心が満たされると、人は他人に優しくなれますよね。
餓鬼も同じです。
自分が救われ、満たされたからこそ、今度は誰かのために力を使おうとします。
施餓鬼法要とは、餓鬼に施し、ご先祖様や亡き人を供養し、その功徳とご利益が私たちにも巡ってくる法要なのです。
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